動画をアップしましたのでご覧ください→【論破動画】日本は侵略戦争などしていない!

 

日本が行ったのは侵略戦争だったのか?

断じて違う!

東南アジアへの侵略?

仏印進駐は合法的なものだったし、フィリピン、マレーシアへの進攻は米英という宗主国に宣戦布告をした後のことである。

交戦国の領土に攻め込むのが「侵略戦争」になるなら沖縄戦はアメリカによる侵略戦争というべきだろう。

支那事変?

あれも合法的な平和維持活動の一環であり、国際法を犯して攻撃してきた武装勢力に対する正当な掃討作戦であった。

満州事変?

あれは満州人による満州独立運動を手助けしたものであり、シナ人武装勢力による不法占拠をくつがえし、満州人に独立を与えた解放戦争であった。

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罵詈雑言、論点ずらし、そして最後はちゃぶ台返し‥。韓国人との議論から見えてくるその独特の思考パターンとは?

ここにあるのは日露戦争と同じ構図である。

日露戦争ではロシアに占領されていた満州を清朝に返してやったーー。

満州事変ではシナの武装勢力に占領されていた満州を満州人に返してやったーー。

どちらも強きをくじき弱きを助けたいかにも日本人らしい堂々たる所為である。

それがなぜ侵略戦争と非難されなければならないのか?

戦後、米国は中国と東南アジアを日本の侵略から解放したと主張している。

だが、それは日露戦争や満州事変の際、ロシアや漢民族武装勢力による侵略から満州を解放した日本とどこが違うのか?

事変後も満州に軍隊を駐留させていたから日本のそれは解放戦争ではなく侵略戦争だとでもいうのか?

ならば、戦争が終わってからも日本、韓国、フィリピンに軍隊を駐留させた米国はどうなんだ?

その理屈でいえば米国のそれもまた侵略戦争だったというべきではないのか?

動画もぜひご覧ください→【論破動画】あの戦争は日本の侵略戦争だったのか?

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ーーナチスドイツは債務とも利子とも無縁な貨幣を発行することで大恐慌を克服し、わずか5年で再び世界の強国へと返り咲いた。1935年から1945年までの間、ナチスドイツは金(ゴールド)にも借金にも頼ることなく社会を運営した。資本主義者と共産主義者からなる世界が、このドイツの革命を破壊したのはそのせいだ。そうしてヨーロッパは再び銀行家の支配下に引きずり戻されたのであるーー

歴史戦の本丸はナチスドイツにあります。とりわけ奥の院となっているのはそのベールに包まれた金融経済政策です。したがって歴史の真実を深く追求しようと思えば歴史の知識ばかりでは力が不足してしまいます。そのためには、歴史の知識に加え金融経済、とりわけ貨幣というものの本質に関する知識が不可欠になってきます。

以下、そのあたりを学ぶ上で参考になると思われる関連本をご紹介します。



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2 thoughts on “【論破動画】日本は侵略戦争などしていない!”

  1. 昭和4年(1929)昭和天皇28歳
    「将来陸軍軍人はかかる過ちを再びなさざるように」…張作霖爆殺のような事件の再発防止を訴えて。
    昭和7年(1932)31歳
    ・「しかるに軍の出先は、自分の命令もきかず、無謀にも事件を拡大し、武力をもって中華民国を圧倒せんとするのは、いかにも残念である。」
    ・「陸軍が馬鹿なことをするから、こんな面倒なことになったのだ」(4月頃)
    昭和8年(1933)32歳
    ・「予の条件を承(うけたまわ)りおきながら、勝手にこれを無視たる行動を採るは、綱紀上よりするも、統帥上よりするも、穏当ならず」
    昭和13年(1938)37歳
    ・「元来陸軍のやり方はけしからん。満州事変の柳条湖の場合といい、今回の事件の最初の盧溝橋のやり方といい、中央の命令には全く服しないで、ただ出先の独断で、朕の軍隊としてあるまじきような卑劣な方法を用いる様なこともしばしばある。まことにけしからん話であると思う」

    なるほど、昭和天皇とは真逆の意見ですね

  2. 大東亜共栄圏、白人を排除することを前提にしています。
    植民地という奴隷化を推し進めていく、欧米に危機感を持たない方がおかしいのです。
    白人をたたき出さねば、未来はないと、戦いを考えていた所、米国の恫喝で、戦いに踏み切ったのです。
    次々と、白人から、植民地を取り上げ、白人に勝てることを証明し、後に独立戦争を戦う基盤を作ったのです。
    日本がアジアを侵略したと言うのは、白人と、そこで、利を得ていた人と思います。
    独立戦争が始まった時、多くの日本兵が、日本へ帰らず、参加したのです。
    白人打倒と言うスローガンが、なかったら、日本に帰っていたはずです。

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