「史上類をみない組織的な大虐殺」から南京市はいつ復興したのか?

それほどの大虐殺があったのなら、南京市はその後も長い間廃墟同然だったのではないでしょうか?

少なくとも生活インフラとしての都市機能はしばらくの間、まともに機能していなかったと考えるのが自然ではないでしょうか?

たとえば住民の半数が殺害された1920年の尼港事件では、現場となったニコラエフスクはその後何十年もかつての賑わいを取り戻すことがなかったといわれています。

しかしこと南京となると、どうも勝手が違うようです‥。

「大虐殺」直後の1938年3月には南京維新政府が、1940年には汪兆銘の南京国民政府が樹立されたという事実もありますし、個人的にはむしろテロが横行していた以前の軍閥割拠時代より繁栄を謳歌していたようなイメージさえあります。

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実際、当時の南京を映したこんな写真もありますしね‥。

女学生が学校で勉強しているんですねえ‥。

電話交換手でしょうか? 女性たちも普通に働いているようです。

「春たちかえる南京」だそうです‥。

写真はありませんが、察するに商店街なんかもさぞや賑わっていたんでしょうねえ‥。

ん? 南京が中国人商人で賑わっていた?

いやいや、史上稀にみる大虐殺があった南京が中国人商人で賑わっていたなんてありえないか!?

それじゃあまるでホロコーストがあったとされるアウシュビッツ強制収容所がユダヤ人商人で賑わっていたというようなものですからね‥(棒)

 

 

久しぶりに動画を作成しましたのでご覧ください。※動画内容を若干修正しました(2019年4月23日)

南京大虐殺説の摩訶不思議 その1

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ーーナチスドイツは債務とも利子とも無縁な貨幣を発行することで大恐慌を克服し、わずか5年で再び世界の強国へと返り咲いた。1935年から1945年までの間、ナチスドイツは金(ゴールド)にも借金にも頼ることなく社会を運営した。資本主義者と共産主義者からなる世界が、このドイツの革命を破壊したのはそのせいだ。そうしてヨーロッパは再び銀行家の支配下に引きずり戻されたのであるーー

歴史戦の本丸はナチスドイツにあります。とりわけ奥の院となっているのはそのベールに包まれた金融経済政策です。したがって歴史の真実を深く追求しようと思えば歴史の知識ばかりでは力が不足してしまいます。そのためには、歴史の知識に加え金融経済、とりわけ貨幣というものの本質に関する知識が不可欠になってきます。

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