反日プロパガンダをめぐる情報戦の最前線から戦況を報告いたします。歴史戦勝利のための傾向と対策マニュアルになれたらと思います。いうほど速報じゃないですヾ(- -;)

【???】韓国人学者曰く「歴史上日本軍と戦いらしい戦いをしたのはアメリカ軍と大韓帝国軍だけだった」

  

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韓国がまたなにやら謎だらけの歴史解釈を持ち出してきたようです。

韓国紙・中央日報に大韓帝国時代の歴史の見直しを促す韓国人学者のコラムが掲載されていたのですが、読んでいて頭が痛くなってしまいました。

まず最初に頭が痛くなったのは、東学党の乱が「甲午倭乱」、日露戦争が「甲辰倭乱」となっている部分です。韓国では以前からそのように称しているのでしょうが、しかし日露戦争はまだしも東学党の乱がなにゆえ「倭乱(=日本人の反乱)」になってしまうのでしょうか? あれは純然たる朝鮮人の宗教団体による反乱だったはずです。謎です。

次に頭をひねったのは、「 1894年6月、甲午倭乱の時に侵入してきたが、明成(ミョンソン)皇后殺害に怒った百姓(ペクソン)の武装蜂起と、高宗(コジョン)の俄館亡命で一時退却した日本軍は、1904年(甲辰年)2月に再び侵入して韓半島(朝鮮半島)全域を占領した」という部分です。

これは日清戦争から日露戦争にいたる時期のことを記述しているようですが、しかし日本軍が軍を引き揚げたのは清国に勝利したからであって、高宗がロシア公使館に引きこもったからではありません。そもそも高宗がロシア公使館に引きこもった露館播遷は1896年からのことで、日清戦争終結後一年以上経ってからのことです。

さらに頭を抱えたのはそのすぐ後に続く記述です。

日帝の全面侵攻に国軍と民軍(義兵)が力を合わせ、全国各地で6年間にわたってすさまじい「国民戦争」を繰り広げて抵抗した」。

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日露戦争後6年といえば、1910年の日韓併合までの期間だと思いますが、その間、朝鮮半島でそんな「大戦争」が繰り広げられていたとは初耳です‥。

しかし、これに驚いてはいけません。最後にきわめつけの一節がその後に続きます。

清軍とロシア軍に勝った日本軍に戦いを挑み、戦いらしい戦いをした軍隊は、その後米軍を除いては大韓帝国の国民軍しかなかったが、このような事実を私たちは知らずにいる」。

分かりにくい日本語ですが、要するに「清国軍とロシア軍に勝った強大な日本軍と正面から戦ったのは歴史上、アメリカ軍と大韓帝国の国民軍だけだった」という意味のようです。

‥いやまあ、なんですな、これ以上突っ込むとますます頭が痛くなりそうですので、後の突っ込みはみなさんにお任せしたいと思います。

大韓帝国は無気力に滅びたのではない(1)

大韓帝国は無気力に滅びたのではない(2)

(追記)
義兵戦争ねえ‥。一応知ってますけど。ただ「怪しすぎる戦争」なので触れなかった次第です。この義兵戦争、ここにあるように「すさまじい国民戦争」というほどの規模の「戦争」だったんでしょうかねえ。昔は「義兵戦争」ではなく「義兵闘争」と呼ばれていたはずですが‥。ここではそれがあたかも「日米戦争にも匹敵する規模の全面戦争」とのニュアンスだったので、皮肉も込めて「初耳」だし「頭を抱えた」と言ったつもりなのですが‥。それにこの程度の「戦闘」なら満州あたりの匪賊討伐の際にもしばしばあったように思うのですが‥。そもそもこの義兵戦争、誇張されているのかどうかは知りませんが、その説明が年々、「立派」なものになっているのも気になりますし。以前誇張しすぎとして自爆した青山里の戦闘の例もあることですし‥。

朝鮮と中国の歴史を見る際は、上記「朝鮮カルタ」にある「歴史捏造 匪賊も烈士」という珠玉の言葉を肝に銘じておくべきかと思います。

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