反日プロパガンダをめぐる情報戦の最前線から戦況を報告いたします。歴史戦勝利のための傾向と対策マニュアルになれたらと思います。いうほど速報じゃないですヾ(- -;)

【訂正】「大虐殺」直後の南京で『白雪姫』が上映されていた証拠!? ではなさそうですm(_ _)m

  

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読者の方からご指摘をいただきました。

どうやらこの「白雪姫」は南京ではなく上海で上映された可能性が高いようです。

当時の上海にはいくつか劇場、映画館があり、その中に「南京大戯院」と「大上海大戯院」があったようです。

http://baike.baidu.com/item/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E6%88%8F%E9%99%A2

http://shanghaiimayou.blog.fc2.com/blog-entry-228.html

ポスターには「南京・大上海 両大戯院准於六月二日起同時戯映」「NANKING-METROPOL OPENING SIMULTANEOUSLY ON THURSDAY JUNE 2 1938」とあり、これだけみる限り、上海の映画館をさすものとみるのがやはり妥当に思えます。

もちろん当時の南京でもなんらかの娯楽があった可能性があり、また今後その証拠が発見される可能性もなきにしもあらずですが、すくなくとも現状ではこの「白雪姫」のポスターは南京のものではないとみた方がよさそうです。

ここに訂正してお詫び申し上げます。お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした。

なおいろんな意味で何かの参考になるかもしれませんので元記事はこのまま残しておきたいと思います。

(以下、元記事)

この画像は、戦前の中国で制作されたディズニー映画『白雪姫』の宣伝ポスターです。こちらにあったものを転載させていただきました。

「南京」「NANKING」の文字からは、南京での上映を告知する目的でつくられたようにみえます。

もうひとつご注目いただきたいのはその日付です。下の方に「JUNE 2 1938」とあります。1938年6月2日のことです。

つまりこのポスターから読み取れるのは映画『白雪姫』が中国南京で、1938年6月2日に上映されたということです。

1938年とは? そうです。あのいわゆる「南京大虐殺」があったとされる年です。

「南京大虐殺」は前年1937年の12月から翌年の1938年2月にかけて約6週間続いたとされています。

中国政府によれば、それは何の罪もない30万人もの中国人がきわめて残虐な方法で無差別に殺害された「史上まれに見る大量殺戮」だったということになっています。

そんな歴史的な大虐殺事件からわずか4ヶ月しか経っていない、いまだ死臭漂うはずの南京で、驚くなかれ、こんな家族向けの娯楽映画が上映されていたというのです!

しかし、つい先日、親族や友人たちが無惨に殺された死の街で、悲しみにくれる住民たちが子供を含む家族総出で映画館に足を運ぶなどありえることなのでしょうか?

常識的に考えればわかる通り、そんなことはありえないはずです。

百歩譲ってあったとしても興行として成功するに足る観客数を動員できたとは到底考えられません。

もし動員できたとしたなら、考えられることはただひとつ。「南京虐殺」なるものはでっち上げであり、そんなものはそもそも存在しなかったと結論づける以外にないでしょう。

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もちろんこれは出所不明の画像です。もしかしたら日付が修正されている可能性もないとはいいきれません。あるいは南京とは無関係という場合もあります。ですが、仮にこれが本物であるとしたなら、このポスターもまた「南京虐殺」が嘘であることを示す有力な物的証拠といえるのではないでしょうか。

これがはたして本物なのか、そうでないのか? 専門家の検証を待ちたいと思います。

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※もっとも、へ理屈にかけては宇宙一ともいえる向こうさんはおそらくこう言って反論してくるでしょう。

「それは虐殺で傷ついた同胞の心を慰めるため、住民のなかの有志が企画したものだ。興行的成功などは関係ない!」。

まあ裏付けを示さなくてもよいのならへ理屈などいくらでもこねられますからね‥。

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ちなみに1920年にシベリアで発生した尼港事件では住民の半数が虐殺され、その現場となったニコラエフスクが以前のような活気を取り戻すまでに半世紀以上の歳月が必要だったといわれています。

20万人しかいないはずの南京ではなぜか30万人以上が虐殺され、しかもわずか4ヶ月程度で、住民が家族総出で子供向けの映画を楽しむまでに復興を遂げたなどという話がどうして信じられるでしょうか?

 

 

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また南京虐殺が本当にあったとしたならありえないこと、矛盾すること(反証)は他にも以下のようなものがあります。

中華民国維新政府
「南京大虐殺」直後の1938年3月28日、日本軍が南京に設置した「傀儡政権」。大虐殺から2ヶ月しか経っていない死の町になにゆえ行政機関などが必要だったのか? 誰を統治するつもりだったのか? そこで働く役人はどのように生活していたのか? 食料は? 電気、水道などの生活インフラは? 「大虐殺」を生き延びた中国人はなぜ逃げなかったのか? あるいは何を好き好んでいまだ「残虐」な日本軍の統治下にある「地獄の街」に戻ってきたのか?

●良民証(安居証)
日本軍は、ゲリラ兵と一般市民を選別するため「良民証」を発行した。それを身につけた人は良民とみなされ、迫害されることはなかった。
仮に中国政府が言うように「日本軍は恐怖を植え付ける目的で市民を無差別に虐殺した」のであれば、なぜ良民証などを発行したのか? 市民、ゲリラを問わず「無差別」に虐殺するのであれば、そのような選別作業は必要なかったはずである。

日の丸の腕章は良民証交付済みの印

 

良民証交付を映した当時の映像 5:47〜


反証といえば、この映像そのものも十分な反証です。とくに58:20あたりからの爆竹で遊ぶ子供たちの光景。子供たちは日本兵が通りすぎる横で何の意も介さず無邪気に遊んでいます。爆竹で遊んでいるところから時期は正月のようです。中国政府の主張通りであれば、まさに大虐殺まっさかりの時期です。仮に大虐殺がいままさにその裏通りで起こっていたとしたなら、こんな光景はまさに「ありえない!」ものといえるでしょう。

 

 

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 -南京事件, 歴史戦