反日プロパガンダをめぐる情報戦の最前線から戦況を報告いたします。歴史戦勝利のための傾向と対策マニュアルになれたらと思います。いうほど速報じゃないですヾ(- -;)

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真珠湾奇襲攻撃説は嘘っぱちだ!ーー慰安婦問題の嘘を暴いた米国人ジャーナリスト、マイケル・ヨン氏が今度は戦勝国史観最大の嘘に斬り込む

  

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慰安婦問題の嘘を暴き、それが中国と韓国による政治的プロパガンダにすぎないことを世界に明らかにした米国人ジャーナリスト、マイケル・ヨン氏が、今度は真珠湾攻撃にまつわる米国自身の欺瞞にメスを入れ始めたようです。

真珠湾攻撃といえば、「戦争を嫌っていた平和的なアメリカ国民がやむなく立ち上がる」きっかけとなった「好戦的な日本による卑怯なだまし討ち」というのが、アメリカ側というか戦勝国史観における定説なわけですが、そのような見方が事実と異なること、都合のいい史実だけをつなぎ合わせた一方的な作り話でしかないことは少し歴史を学んだ人であれば誰しもわかるはずです。

そのため、ちょっと深く突っ込むとそこには多くの矛盾や謎がいくつも浮かび上がってきます。たとえばアメリカの言い分を肯定する人は、次のような質問に対してどう答えるつもりなのでしょうか?

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ーー真珠湾攻撃が日本による一方的な先制攻撃であったのなら、日米戦争をいつ開戦すべきかというイニシアチブをとれる立場にあったのは日本だったということになる。しかし仮にそうであったなら、なぜもっと十分な力を蓄えてからそうしなかったのか?ーー

これに対してよく返ってくるのが「日本軍は愚かだったから」という漠然とした答えです。しかしこれはどうみても苦しい言い訳というべきでしょう。仮に日本軍がそれほど愚かであったのなら、当時世界最強を誇っていたアメリカ海軍にあれほどの打撃を与えることができたのはなぜなのか? その後、4年の長きにわたり世界中を相手に戦い続けられたのはなぜなのか?

その論法でいけば、アメリカ軍やイギリス軍は日本軍よりさらに愚かだったということになってしまいます。そしてもしそうであれば、日本軍は愚かではなかったという結論になり、最初の前提である「日本軍は愚かだった」という主張は根底からひっくりかえってしまいます。

もちろんアメリカ人のなかにもそうした言説がみな嘘っぱちであると見抜いた人はこれまで有名無名を問わず大勢いたことでしょう。けれど、時代的な制約もあり、そうした声が表に出ることはいままでほとんどありませんでした。

それがここにきて、それが嘘であると声を上げるアメリカ人が少しずつ現れはじめたこと、そしてその声が私たちの耳にも届くようになったのは、ある意味、時代の潮目が変わり始めた証拠といえるかもしれません。いずれにせよ、私たち日本人にとっては喜ばしい変化と受け取ってよいのではないでしょうか。

以下、許可を得て日本語訳文を転載させていただきます。

元英文および添付画像、またそこについたコメントをご覧になりたい方はこちらからどうぞ→

 

パールハーバー:1941年から続く改ざんと陰謀

1941年12月7日にいわれなき奇襲攻撃を受けた、と言うのはルーズベルトの陰謀と改竄(かいざん) ですが、いまだに何千万人ものアメリカ人がそのことを疑わないのには驚きです。 あの日から続く戦闘で戦死した兵士に対してむごい仕打ちです。

この日に我々は卑怯な奇襲攻撃を受けた、という作り話は、ジョンウェインの神話ー敵は 理由なくだまし討ちをするーを信じているのと同じであり、ルーズベルト大統領によって誘導された道義上の罪を犯していることになります。

ルーズベルトの作り話を信じるのは、月面着陸は嘘だったとか世界貿易センタービルへの攻撃はアメリカ政府の手によるものだなどといった類の陰謀論信者と同じレベルです。

真珠湾攻撃の何年も前から米国は爆薬で日本人を攻撃していました。例えば1932年のロバート・ショート(Robert Short)の空爆や、1938年、ビンセント シュミットが日本統治下の台湾(Formosa)をソ連軍と支那軍と共に爆撃したことなどが挙げられます。

ルーズベルトを正当化し続けることは、あの日から続く戦争で犠牲となった我がアメリカ国民に対しての冒涜(ぼうとく)であります。

 

奇襲攻撃: もう一つの真珠湾物語

もうすぐ出版予定の「石に刻まれたメッセージ」より抜粋 :
1904年、セオドア・ルーズベルトは、日本のロシア艦隊への宣戦布告無しの奇襲攻撃には こう言いました。「日本の勝利は大変 喜ばしい。」

新聞のタイムズ オブ ロンドンも、「日本海軍は大胆不敵な行動によって開戦した。海軍の歴史に栄誉をもって記されるだろう」と同調しました。

その日露講和の仲介役をしたルーズベルトは「日本人は要求が多過ぎる。しかしロシア人はその10倍も悪い、奴らは馬鹿でしかも本当のことは言わない」。ロシアに怒り狂って言うには「現体制のロシア人は中国人と同じで信用できない!黒人も黄色人種も白人も人類だが 奴らは人間と呼ぶに値しない!不誠実で傲慢で、要するに全く信用できないのだ!!」
そして、「私は日本びいきだったが、講和の仲介を体験してから、かつて無いほど大の日本贔屓になった」と語っています。

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続けて、ルーズベルトは日本についてこう述べました。「日本人は文明的な素晴らしい国民だ。他の文明国の国民と同様の地位を得るべきである」と。

1900年、ルーズベルトは言いました。「 日本は朝鮮を統治すべきだ。そうすれば日本はロシアを抑えておける。日本はロシアに勝ったのだからそうする権利がある。」

1910年、日本は朝鮮を併合しました。
そのわずか60年足らず前まで鎖国をしていて封建制度の国だった日本は、これを機に世界の列強の仲間入りをします。

 

 

真珠湾攻撃から75年

当時、我が米国の為政者と軍の指導者は、真珠湾に駐留していた部隊を 見殺しにしました。ひじょうに悲しむべきことです。 日本の攻撃が差し迫っていることは世界中が 知っていました。新聞は攻撃が近いことを報道していました。

真珠湾攻撃が 卑怯な急襲ではなかったことを知ったアメリカ人の多くは、日本が「真珠湾を攻撃するとは 知らなかった」と、以前とは違った理由で日本を非難しようとしますが、これは奇妙なことです。なぜなら 下に添付した秘密指令文書で、真珠湾攻撃のちょうど一週間前にカリフォルニアへの攻撃に対して準備していたことが明らかだからです。

日本から真珠湾 (PH)やサンフランシスコ(SF)を攻撃するための 最適 航行ルートは知りませんが、地球儀を見てみると、PHまでの最短航行距離はおよそ3,800マイル、SFまではおよそ5,000マイルということがわかります。カリフォルニアへの攻撃には準備しておきながら、ハワイ(およびフィリピン)には何の準備もしなかった、というのでしょうか。

更なる非難の理由は、日本の宣戦布告が 少し遅れた、というものです。そんなことを誰が気にするでしょう?! 我々は攻撃が差し迫っていることを「知っていた」のです。これ以上議論の余地はありません。これは事実です。

我々の同胞は真珠湾で 死んで 生贄の仔羊にされました。攻撃が近いことは新聞の見出しに大きく載っていました。

イラクとアフガニスタンでは、敵が、今から吹っ飛ばすぞ、と宣言するのを待っていたりはしませんでした。 我々は攻撃されると「知って」いました。もしも司令官が警備隊に伝えるのを怠ったとしても(バスティオン基地でそれは実際に起こり、ハリアー戦闘機と海兵隊員二名を失った)、それは敵のせいではありません。

アメリカが 宣戦布告をしたのはいつのことだったのか? 最後の宣戦布告は1941年12月7日以降のことです。( もっと専門的に、正確に言えば、第二次大戦時を除いて、米国は宣戦布告をしていません。だが、真珠湾攻撃の数日後に ドイツとイタリアに、数ケ月後にハンガリーとブルガリアに、そして1942年6月5日にルーマニアに宣戦布告し、それが最後の宣戦布告となりました。 それ以来、米国は、力の行使を宣言しても、戦争の宣戦布告はしていません。)

すなわち、第二次大戦後に我々が戦ってきた戦争、そして、今も戦っている数々の戦争では宣戦布告は一切されていないということです。あれからいったい幾つの戦争を戦ってきたのでしょうか。

第二次大戦後に 米国が関与した戦争を全て リストアップするのは 大変 困難です。真摯な歴史学者と、おそらくCIAの助けが必要でしょう。

例えば、今日、私はあるリストをみていて何かが足りないことに気がつきました。チベットでの、中国に対する戦争です。

米国はこの件で宣戦布告はしていません。ほとんどのアメリカ人はチベットでの中国に対する代理戦争について気がついていないようです。私はこのことをネパールの辺境の村で 偶然知り、後にそれが事実であることを確認しました。( 現在では前よりもよく知られるようになってきましたが。)

コロラド州でチベット東部のカム地方(Khampa)のチベット人に装備を与え戦闘訓練を施し、チベットに戻して中国軍と戦わせました。しかし、後にキッシンジャーとニクソンが彼らを見捨てました。

真珠湾攻撃奇襲について 調べれば調べるほど、そのときに亡くなった我が軍の兵士たちは、米国政府が 日本を小突きまわし ちょっかいをかけ、首を絞めた後、その日本をおびき寄せる生き餌として犠牲となった、ことに気付くのです。

米国は 実際、何年にもわたって日本を攻撃していました — おそらく99.999%のアメリカ人は真珠湾攻撃の 前に 米国が日本人を殺していたことに気がついていません。学校で教えられてきていませんから。

下に添付の秘密文書の第一段落を見ると こうあります :「日本の敵愾心を取り除くことが出来ないならば、日本が最初に明白な攻撃をしてくることが望ましい。」

米国は日本の敵愾心を取り除くようなことは何一つしませんでした。本心では日本が攻撃してくるのを望んでいたのです。

生け贄の仔羊たち。
皮肉にも この日は米国の 汚名の日として歴史に刻まれることでしょう。
http://michaelyonjp.blogspot.jp/

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