反日プロパガンダをめぐる情報戦の最前線から戦況を報告いたします。歴史戦勝利のための傾向と対策マニュアルになれたらと思います。いうほど速報じゃないですヾ(- -;)

*

対特ア・反日プロパガンダ撃退 想定問答集『日本は残虐だった編』

  

反撃戦術2

ブログ主はこれまでサイバー空間上の多くの論戦を日本語に翻訳・紹介してきました。またヒマをみては同じくサイバー空間上で積極的に論戦を繰り広げてもきました。そのせいか、特亜がどのような論法を繰り出してくるのか、そしてそれに対してどのように反論すればよいのか、その輪郭が最近少しずつ見えてくるようになりました。

そこで今回は趣向を変え、特亜との論戦を有効に戦うための想定問答集を作ってみました。

まずは順序として戦術面の概略を説明します。

スポンサードアド

特亜を相手に論戦を行なう際、基本的にはふたつの戦術があります。

ひとつは「一刀両断戦術」です。具体的には「その証拠は?」と問いかけて、裏付けとなる物的証拠の提示を求める方法です。たとえば「『南京虐殺で30万人が虐殺された』というけど、その証拠を見せてくれ」と迫るやりかたです。もともとが嘘であり物的証拠などあるわけないのですから、これは相手を一太刀のもとに黙らせる戦術といえるでしょう。

もうひとつは、「さらし者戦術」です。これは特亜の言い分が事実にもとづかない嘘であることを、横から議論を見ている人たちに知らしめることを目的とした戦術です。もう少し具体的にいえば、あえて向こうに合わせて議論を進めていくことで、特亜側の論理矛盾を増幅し、それを白日の下にさらすというやりかたです。

ちなみに情報戦においては多くの場合「一刀両断戦術」ではなく「さらし者戦術」を採ることになります。それは戦略上の要請でもあります。なぜそうなのかについては、以前、情報戦の戦い方という記事で明らかにしましたので、ここでは詳しく触れません。しかし、誤解される方がいると悪いので重要な部分だけ抜き出して再掲しておきます。

情報戦で大切なのは、目標を明確化することである。誰をターゲットにし、彼らにどのような反応(行動)を生じさせるのかをはっきりさせることだ。その点、いまだに勘違いしている人もいるようだが、ターゲットとなるのは中国人、韓国人ではない。もちろん彼らに何らかの変容を期待するのもスジ違いだ。

いま進行中の情報戦のターゲットとなるのは、欧米人である。なかでもメインターゲットとなるのは、比較的公平な視点をもち、なおかつ社会的な影響力をもつ白人のインテリ層である。そして当面の目標となるのは、彼らにいかにして歴史の真実を知ってもらうかということである。

またその際、中国、韓国は必ず邪魔をしてくるはずだ。そのため、具体的な戦術としてはそこにわき起こる議論を通して「日本と中国・韓国、どちらの言い分が正しいか」を判断してもらうという形になるだろう。

 

情報戦の戦い方→http://propagandawar.info/post-3282/

 

さて、それでは実際の想定問答に入りましょう。

第一回目の今回は、現在もっとも多くみられる日本軍の残虐性を非難するコメントに対する想定問答を考えてみます。

この場合、特亜から上がってくる典型的なコメントは次のようなものです。

日本軍が占領地の住民を虐殺するのは彼らの伝統だった。それは征服した人々を屈服させ、服従させるためでもある。それは彼らの文化なんだよ。ちなみに下のリストは、台湾で日本が引き起こした虐殺事件だ。
雲林虐殺 1898年6月 3万人が殺害され4000の家屋が焼却された
玉井虐殺 1902年 約3万人が殺害された
蕭壠虐殺 1895年 約2万7000人が殺害された
三峽虐殺 約2万4000人が殺害された
西廟虐殺 1915年 約1万8000人が死んだ
阿公店大虐殺 1898年11月 11053人が殺害された
霧社事件 (3回発生した)
宜蘭県虐殺 約5000人が殺害された
林園虐殺 1901年 3473人が殺害された
苗栗虐殺 1913年12月 約1200人が死んだ
嘉義虐殺 約4500人の村人が殺害された

(出典)誰か教えてくれ!日本人はどうして南京虐殺がなかったなんて言うんだ?「南京虐殺」の動画をめぐる海外の議論→

このような重箱の隅をつつくような、しかもその真偽すらさだかでないコメントに対して私たちはいったいどのように反論すべきなのでしょうか?

いくつかあると思いますが、ひとつには国民性の不変性でもって反論するという方法があります。つまり「民族の気質、国民性というものは半世紀やそこらで変わるものではない」と切り返すのです。

日本はいい国だ、日本人は親切でやさしい、というイメージが世界中に広がっている今日、これはそれなりに高い説得力をもつ反証となりうるはずです。50年前は野蛮で残虐だったが、いまは礼儀正しくやさしいというのは、どう考えても理屈に合わないからです。

しかし、これに対して向こうさんはおそらくこう切り返してくるでしょう。

それは戦後のアメリカによる占領政策の成果だ」。

まったくあきれた話ですが、このような作り話を本気で信じている人が、とくにアメリカ人のなかに多くいるのも事実です。これに対しては、再度同じコメントで切り返しましょう。「仮に教育の成果だったにしても、民族の根本的な気質が50年やそこらで真逆に変わることはありえない。もし変わるというなら他の例も挙げてほしい」とだめ押ししてやりましょう。

あるいはこう言ってくる人もいるはずです。

日本人は残虐な遺伝子を持っている。それは戦争時に目覚める特殊な遺伝子だ。それが目覚めると危険だから世界は日本人を常に押さえつけておく必要があるのだ」と。

やれやれ、いったいどこからそんなでたらめが出てくるのかと言いたいところですが、このようなでたらめがまた実際にあちこちで上がっているんですよね。こういう根も葉もない嘘を吐かれると、思わず「馬鹿を言うな!」とこちらも感情的な言葉で返したくなってしまうのですが、ここはひと呼吸おいてぐっと我慢です。

次のように冷静に切り返しましょう。

【切り返し1】
ということは最終的には日本人を抹殺すべきという結論になるよね。それはホロコースト思想というべきだ。異民族抹殺をもくろむ危険な民族差別主義者はお前たちの方だ!

【切り返し2】
残虐な遺伝子を持っている? その証拠を出してみてくれ。ちなみに状況証拠をもってくるんなら第二次世界大戦以外のを頼むぞ

これまでの経験からいうと、「切り返し1」に対する直接的な反論は皆無でした。そのまま議論から逃走するか、あるいは話題を変えて論点をごまかすというパターンが多かったようです。

しかし「切り返し2」に対しては日本の戦国時代などの例外的なケースを(それもさらっと嘘を混ぜ込んで)持ち出して、「どうだ、日本人は昔からこんなに残虐だったんだ!」と返してくる輩もいます。

スポンサードアド

それに対してはこう反論してやりましょう。

じゃあ、同時代の他国はどうだったの?」と。

当時は世界中、残虐な行為が当たり前に行なわれていた時代です。比較するには他の条件を同じにしないといけないわけですが、特亜はこの例のように前提となる土俵を意図的にずらした上で自分たちに都合のよい立論を行なうことがよくあります。要するに詭弁です。

もっともさすがにここまでくると、やっこさんたちも分が悪いとさとるのか、たいがいはそのまま逃走してしまうのが普通です。

しかしなかには食い下がってくるしつこい輩もたまにですが、います。

食い下がってくるといっても、しょせん詭弁ですから、いくらでも反論はできるのですが、それでもここまでくるとちょっと厄介です。

というのも、ここまでくるとほとんど妄想狂患者と一緒だからです。

どういうことかというと、事実にもとづかない妄想の上にさらに妄想を積み重ねてくるのです。

この場合、妄想を前提に論を組み立てるものですから、よほど気をつけていないと何がなんだかわからなくなってしまい、論理の筋道が混乱してくることもあります。

またいくつもの嘘を並べ立てるものですから、どこから切り返したものか見当がつかなくなったりもします。そうしてたとえ切り返したとしても話題が拡散してしまい、議論の焦点がぼやけてくることもあります。

あるいはやっこさんたちは意図的にそれを狙っているのかもしれません。

そんなわけで、相手に妄想の余地を与えるこの「さらし者戦術」は下手すると永遠に終わらない可能性があります。

もちろん、永遠に終わらなくても、それだけ特亜の異常性、非論理性が公衆の面前にさらされるわけですから、それはそれでこちらの戦略的勝利ともいえるわけですが、特亜と戦い慣れしていない人にとってみればかなりイライラしてくるのも事実です。

まあ、あまりしつこかったり、面倒な時は「証拠を出せ!」で一刀両断するのが得策でしょう。

たいがいは、この一刀両断戦術を前に相手は黙って、あるいは「覚えてやがれ!」と捨てゼリフを残して逃走してしまいます。

ただなかにはそれでもなお姑息なやり方で対抗し続ける粘着質な輩もいます。

たとえばこんな感じです。

俺はもう何度も証拠を出した。もう一度前のコメントを読め」という具合です。

そこで急遽、以前のコメントを読み直してみるのですが、しかしどこを探してもそんな証拠らしいものはありません。それもそのはず、そんなのはまったくの嘘だからです。平然と嘘を言って煙に巻こうとしているだけなのです。

またこんな風に言って煙に巻く人もいます。

以前、お前のような日本人右翼に決定的証拠を出したところ頭から否定されたことがある。だから俺は日本人には証拠を出さないんだ。出しても無駄だからね」。

ここまでくると、もう客観的な議論もへったくれもないのですが、このような輩に対しては「出さないんじゃなくて出せないんだろ?」といちおう畳み掛けてあげましょう。

たいていここで向こうさんは算を乱して逃走してしまいます。しかしなかにはしつこく食い下がる輩もいて、ここまでくると今度はどんな斜め上の切り返しが来るのかと逆にこちらもちょっと楽しみになったりもします。

「見事」な斜め上の切り返しが来たら、素直にあっぱれと賞賛してやりましょう。そうすると奴さんら、調子にのってさらに奇妙きてれつな理屈を繰り出してきたり、場合によっては火病を発症したりもします。

向こうさんが火病を発症したら、もうこっちのものです。支離滅裂な論理で汚い言葉を連発する特亜側と冷静に切り返す日本側という構図が明らかになってくれば、もはやどちらに理があるかは誰の目にも一目瞭然だからです。

ただ火病を発症している相手をさらにしつこくむち打つのはあまり得策ではありません。それだと横から見ている者にどっちもどっちだという印象を与えてしまうからです。それにそのような行為は、死者にむち打たないという日本的美徳にも反します。

ですので、ここまで来たら「議論につきあってくれてありがとう」くらいのフェアプレイ精神あふれるコメントを残すなど、できるだけ爽やかな印象を漂わせながら颯爽と去るよう心がけましょう。ここは世界中の目が注がれる国際大会の舞台でもあるのです。

ちなみにこのような悪あがきパターンで返してくるのは、韓国人、もしくは在日韓国・朝鮮人に多いようです。

中国人でこのようなパターンを繰り出してくるケースはあまりみたことがありません。中国人は、論理的に負けたとわかるとそれ以上の悪あがきはせず、そのまま黙って議論から去ってしまう人が多いようです。

以上、今回は「日本残虐強調パターン」に対する切り返し方について書いてみました。そのうち気が向いたら、別のパターンに対する切り返し方も書いてみようと思います。

最後に戦術に関する補足をしておきます。

「メディアはメッセージだ」という有名な逆説があります。通常、メディアというのはメッセージを乗せる入れ物でしかないと考えられていますが、実際にはメディアそのものがメッセージを発しているという意味です。

ここでいうメディアというのは、表現方法と言い換えてもよいでしょう。

メッセージというのは、内容そのものであるコンテンツと、その表現方法であるメディアからなるわけですが、多くの人はコンテンツそのものよりむしろその表現方法、すなわちメディアにばかり意識を向ける傾向があるということです。「人は見た目が9割」というのも同じ理屈です。

ここからもわかるように議論の内容自体はじつはそれほど重要ではありません。重要なのは「礼儀正しく、論理的でかつ正々堂々と議論を繰り広げている」日本人の姿(=表現=メディア)をターゲットである白人インテリ層に見せてやることの 方です。

なぜかといえば、そうすることで白人インテリ層の心の中に認知的不協和を生じさせることができるからです。かれらは、日本人(とくに日本人右翼)は侵略者の末裔であり、いわば悪の化身であると頭から思い込んでいます。

そんなかれらの前に、礼儀正しく、かつ論理的にしかも正々堂々と議論を展開している日本人右翼が現れたらどうなるでしょうか? 当然ながら、かれらの脳内にある日本人右翼のイメージと目の前の「日本人右翼」の姿との間にイメージのずれ(認知的不協和)が生じます。

認知的不協和というのは、解けない難問が頭に引っかかった状態のことです。それが解けない限り心理的な居心地の悪さはずっと継続します。逆にいえば認知的不協和に陥るとその謎を解き明かして居心地の悪い状態から脱出しようという動機付けが発生することになります。

つまり、認知的不協和を生じさせることで、ターゲットに対し、謎を解くためにはそれまでの「日本人は悪」という偏見を乗り越え(態度変容)、歴史をもう一度学び直さないといけないという気にさせることができるのです。

人というのは元来偏見の固まりであり、理屈で納得したとしてもそうそう簡単にそれまでの考え方や態度を変えるものではありません。変えるには、人から強制されたとはわからない形で自発的に自分から動くような仕掛けをつくってやる必要があります。

その仕掛けがここでいう認知的不協和であり、その最大のポイントとなるのが「頑迷で礼儀知らずな日本人右翼」という先入観を揺さぶる「目の前の日本人右翼」の「礼儀正しく論理的な態度」なのです。

スポンサードアド
憲法九条お守りTシャツ

 -反日, 歴史戦, 自虐史観, 韓国