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【歴史スクープ】満州事変の2年前に起こった中ソ紛争はソ連による「失敗した満州事変」だった!?

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1929年に発生した中ソ紛争(中東路事件)に関する動画がありましたのでご紹介いたします。この事件は日本ではほとんど知られていませんが、満州事変の真相とその背景を正しくとらえる上できわめて重要な事件だとブログ主は考えています。

以下、別ブログで書いた文章の一部を引用します。

満州事変はソ連の赤化政策から満州を防衛するための予防戦争でもあった。その2年前に発生した中ソ紛争はソ連による「失敗した満州事変」というべきものであった。一説によると当時、スターリンは北満州を奪取することも考えていたという。

またこれに呼応した中国共産党は中国南部で暴動を引き起こし、国民党を背後から牽制した。下手をするとこの時、中国全土が赤化していた可能性もある。当時の中国はそれほど不安定な情勢だったのである。

こうした不穏な状況のなか、政府とは名ばかりのやくざまがいの軍閥に任せていたら満州はソ連に取られてしまうーー。そうなる前に、と発動されたのが満州事変だった。あの当時、日本に残された道は満州国建国以外になかったのである。

→何度でも言う、日本は侵略戦争などしていない!

(以下、動画の大意)

1929年7月10日、シベリア横断鉄道の支線としてソ連が運営していた中東鉄道が中国側によって接収された。これをきっかけに両国の間で小競り合いが発生するようになった。

数ヶ月後、ソ連軍は国境を越え、富錦周辺に拠っていた中国軍を撃滅した。さらに満州各地で両国軍による激しい戦闘が繰り広げられた。満州里とハイラルという重要拠点がソ連軍の手に落ちると、中国側は和平交渉に同意した。

ハバロフスク議定書が調印され、戦争は終結した。中東鉄道も元通りソ連の管轄下に戻された。ソ連軍は満州から撤収した。中国の敗北を興味深く眺めていた日本はその2年後、満州事変を引き起こした。

(以下、コメント)

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●ハハハハ、国民党台湾はやはりクソだな。ソ連最高!フィリピンからでした。

●毛沢東以前のチャンコロは本当に弱っちいな😝😝

●近代の戦争ならたいがい知っている自分だけど、この戦争は知らなかった。

●第二次世界大戦前のソ連の戦争について僕はもっと知りたい。学校ではどうしてこういうものを教えないんだろう?

戦間期は平和だったということにしないと歴史家にとって都合が悪いからだよ。もちろん実際はそうではなかったんだけどね。

●満州事変後、満州を占領した日本は中東鉄道をソ連から取り上げた。日中戦争の際、ソ連が中国を支援したのはそのせいだ。

●当時の中国はまだ統一されてなかったと思うんだけど、この戦争でソ連と戦ったのはどの政府なのかな?

事実上、奉天軍閥だよ。もっとも1928年に奉天軍閥は国民政府に合流したことになっている。だから1929年時点の中国は名目上、国民政府というただ一つの政府が支配していたことになっている。

 


管理人後記

この中ソ紛争の際、捕虜になった数百から数千人の中国兵がソ連軍によって河川へ投げ込まれ、処分されたという説があるようです。また1900年に発生した黒龍江事件の際にもロシア軍は25000名の中国人を虐殺し、黒龍江に投げ込んだといわれています。

1937年の南京事件の際、「30万人の遺体はどこに行ったんだ?」という質問に対する答えとしてしばしば返ってくる「長江に投げ込んで処分した」という説が生まれた背景には、こうした史実も何らかの形で関係しているのかもしれません。

またこの中ソ紛争に対しては、当時の米・英・仏が「不戦条約違反」としてソ連を非難しています。左翼は、満州事変が不戦条約違反だったとして鬼の首でも取ったかのように日本を声高に非難しますが、その一方で、このソ連による不戦条約違反に対しては「見ざる、聞かざる、言わざる」を決め込んでいるのは一体どういうわけなのでしょうか?

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